「Mellow out」



 滅多に会えない、と言うことは、実は思いがけない効果がある。
 次に会うまでにもっとカッコ良くなろうとか、綺麗になろうとか、面白い話題を用意しようとか、剣の腕を上げようとか。
 いつもいつも変わらぬ魅力と言うのも良いけれど、見知らぬ自分を発見すると言うのもまた楽しい。
 前回会ったのが二ヶ月前。そこからどれだけ変化を遂げるか、まるで競争のように磨きをかけて。


 待ち合わせ場所に、今日はジュリアンが先に到着。単に国での仕事が早めに終わり、その足で速攻この場に赴いたためなのだが…。予定より早い到着なのだし、これに関してはリューンを責める気など毛頭ない。
 彼の領地にある湖畔の柵に寄りかかり、しばし風に身を任す。
「あっれぇ? ジュリアンじゃない!」
 そんな静かな時間の中で、聞き覚えのありすぎる素っ頓狂な声と共に、小さな小さな妖精が頭上に舞い降りていた。
「ティピ…?」
 最近ではさすがに”羽虫”と呼ばなくなったことに満面の笑顔を浮かべ、当然のように肩口を座席と定めて陣取ってしまうティピの姿は、ここがリューンの領地でなければ、やはり少々違和感を感じさせる。
 まだまだ妖精とはお伽噺の産物並には疎遠な存在で、一般的には”人間と異なる”ことと”モンスター”とが等号で結ばれるご時世だ。案の定、何人かは好奇や畏怖に近い視線を送っている。
「…相変わらず目立つヤツだな。そろそろ自覚があって然るべきなんじゃないか?」
「へ? 何が?」
 ジュリアンの諌言など、右から左に流れまくっている。淡い金糸の髪に埋もれるように顔を覗き込んで来る表情には、邪気の欠片すらない。
「ねぇねぇそれよりさ、なーんでこんなとこにいるワケ?」
「1.近くに来たから寄ってみた。2.仕事の関係でやむを得ず。3.何となく。…好きなのを選んでくれ」
「4.あいつとデートするため」
「判ってるなら、聞くんじゃない」
 馬鹿馬鹿しいとは判っていても邪険に出来ない辺りは、それでもかなり彼女を気に入っているためだろう。ジュリアンは敢えて追い払うこともせず与太話に付き合ってやる。
 この魔道生命である妖精は、出会った当時から一向に変化がない。それは悪い意味ではなくて、それが一つの完成された個性の現われとして。
 正直に羨ましい、とジュリアンは思う。ずっと同じスタンスを守れると言うことは、とりもなおさず自分で自分を気に入っていると言う証拠なのだから。
 そんなことを取りとめもなく考えながら、日頃の何気ない出来事を喋り続けるティピに耳を傾ける。
 ふと、それでも会話の中にリューンの名が頻繁に聞ける事実に、意識せずとも気付いてしまう自分が滑稽やら情けないやら…。
「リューンが好きなんだな…」
 気がつけば、そう呟いていた。
 間髪いれずに、誰があんな…! と口走りながらも、珍しく語尾を濁らせるティピ。一体何事かと視線を流せば、小さいなりにも乙女の顔。
「えと…ジュリアン、これって女同士の約束だからねっ! 誰にも言っちゃダメなんだからねっ!!」
 告げっぷりは威勢が良いものの、耳の先まで紅潮した様子は微笑ましい…を通り越して、少々危機感も感じてしまう。
 妖精が恋敵とは、何とも厄介な…。それでも今なら「乙女心」とやらも理解出来るようになったため、真摯な気持ちで他言無用を承諾していた。
 途端にえへへ、とくすぐったいような笑みを浮かべて、戸惑いもなく言い切る潔さ。
「大好き♪」
 ナイショだからね。次いでそう強く念を押す。ここはやはり、彼は私のものだとでも主張すれば良かったのかどうか。ジュリアンの心情はかなり穏やかではない。
「あ、でも勘違いしちゃダメだよ。アタシの好きって言うのは、ジュリアンの好きとは全っ然違うからっ!」
 全然、の部分をやけに強調しているのは、彼女なりの心遣いなのだろう。照れ笑いは健在だったものの、その瞳はやけに真剣で。
「アタシはね、あいつの……んと、絶対が大好きなの」
「…絶対…?」
「そう。アイツってばさ、いっつもふざけたことばっか言うじゃない? だけど、いざって言う時になったら”絶対、大丈夫”って言ってくれるし、本当に絶対大丈夫だったりするからね」
 嬉しそうに告げる内容に、多分二人が思い浮かべる情景はとても似通ったもののはず。
 今はもう過去になりつつある、戦いに明け暮れていた日々。肉体的にはおろか、精神的に限界を越えても可笑しくない状況で、彼の言葉は確かに皆を力づけていた。
 絶対、大丈夫。俺が保証してやるからさ。
 一体何を基準に”保証”など口に出来るのか。それは今でもまだまだ理解するには難問なのだが、結果は間違いなく”大丈夫”だったことを、今更ながらに実感する。
「いつか私も、そんな風に”大丈夫”って言って、誰かを安心させてあげたいな…って思ってさ。あ、ホムンクルスがエラそうに、とか言わないでね。アタシだってこれでも一生懸命なんだから!」
「あぁ、勿論だ。頑張れよ」
 素直な賛辞に、ティピは大袈裟過ぎる仕草でガッツポーズを作って見せた。
 そうこうするうちに定刻なのだろう。とても騎士とは思えない気楽さで現れる、話題の人。二人はたまらず顔を見合わせて笑みをもらす。
「何だ? 随分早い到着だったんだな。しかも奇妙な取り合わせだし…」
「何よぉ。アタシがジュリアンとお喋りしてちゃおかしい!?」
 仕事が早く片付いたんだ、と告げる前に響き渡るティピの怒声。口や蹴りに関してはリューンを凌ぐと、本人をして言わしめた勢いにジュリアンの笑いは収まりそうにない。
「大体アンタ、ここに来るとすーぐ堅っ苦しい会話とか書類とにらめっこしてるしさ! アタシがいたら煩いとか言って文句たれるしさ!」
 怒涛のように不満を訴えるのは構わないのだが、この土地はリューンが領主として治める場所であり、堅苦しいのはやむを得ない職務の一端なのだが…。
 反論しても良かったのだろうが、下手に刺激するのは逆効果だと言うことくらいは重々承知しているリューン。すかさず切り札をちらつかせていた。
「…別にいーけどさぁ…。母さんがお前のこと探してたぜ? こんなトコで油売ってて、後で小言食らっても知らねーぞ…」
「えっ!?うそっ!!」
 いまさら嘘言ってどうする。屋敷の方で待ってるぞ。そう言えば半透明の翼を閃かせ、慌しくも飛び去ってしまう。一瞬、その小さな友人を屋敷まで送った方が良いような、とジュリアンは思いもしたが、王都へ向かう道のりを考えればそう心配はなさそうだが。
「急なご用なのですか? 貴方はお戻りにならなくて宜しいので?」
 自分が何のためにここにいるのか、そしてリューンが何のためにここに来たのか。そう言った根本的な部分を完全に忘れ切った言葉に、ついつい吹き出してしまうリューン。
「あぁ大丈夫、大丈夫。嘘だし」
「…は?」
「ま、母さんが上手く言いくるめてくれると思うし、心配ないって」
「ちょっ、そんな…っ」
「あのね、俺たちこれからデートするんだよ? 邪魔者排除はお約束じゃないか」
 いけしゃあしゃあと抜かす相手に、呆れ半分戸惑い半分の表情を浮かべたまま、ジュリアンは納得いかなげにブツブツと小言を繰り返す。それはあんまりなのでは、とか何とか。
 ティピと創造主であるサンドラとは、精神感応が可能なのだ。良く良く考えれば、わざわざリューンが探し当てて伝言を伝える必要性などどこにもない。急用があれば、それこそテレパシーで呼び出せば良いのだから。
 そこで、はたと気がつく。今までティピと交わした会話の全貌を、サンドラに聞かれているかも知れないと言うことに。
 今度からどんな顔で面会すれば良いのやら。ジュリアンは一気に血の下がる思いに苛まれてしまった。
「……相変わらず、何だかぐるぐる考えてるみたいだな…」
 悶々と思考の海に沈んでしまった恋人に、今度はリューンが呆れ顔。
「いえ、あの…その…っ」
「だーいじょーぶだって、そう心配しなさんな。俺が大丈夫って言うんだから、絶対大丈夫。な」
 ぽんぽんと軽く背を叩き、そのまま肩を抱いて歩みを進めるリューンに従いながら、不思議なほどその言葉を納得している自分が、何だか小さな子供にでもなったような錯覚を覚える。
 大丈夫。まるで呪文のように。大丈夫。大丈夫。絶対に、大丈夫。
「……どうしてそう、言い切れるんです…?」
「ん? 何が?」
「絶対って…。そんなに気安く言って良い言葉とは思えません。……もし…」
 そこで言葉は詰まってしまう。何故か、その言葉を紡いだ瞬間に呪文の効果が失せてしまう気がして。
 つい負の感情を抱いてしまう自分に苛立ちながらも、それが杞憂でしかなかったことに気付いたのは、リューンの笑顔が子供っぽさを増していたせい。
 良いことを教えてあげよう。そう切り出した後の台詞に、それこそ毒気を完全に抜かれたジュリアンの表情は、リューン的にはかなり見物だなと表現せしめるほどのものだった。
「俺、勝てる喧嘩しか買わない主義なんだ」
 一瞬の沈黙。
「だから、絶対勝てるから絶対って言うわけ。策士だろう?」
 いや、それは策士ではなくてペテン師なんじゃないか? そんなことを思ってみたりもする。
 絶対的な自信。それが土台だと言われればそれまでだが、その土台部分を見極められる技量と言うものは、そうそう持てるものでもないだろうに…。それでも彼は飄々と言ってのけるのだ。
 絶対、大丈夫。―――― この、何をおいても揺るがない、神のごとき言葉を。
「あぁ、でも…一つだけ勝敗のメドが立たないのに、手ぇ出した賭けがあるけどね」
「? そう…なんですか?」
「もう、今だってダメージ食らったらどうしようってヒヤヒヤものな賭けだぜ。ま、でもこれはそれだけの価値があるから、挑んでるんだけどさ」
 はぁそうですか、と生返事しか返せないジュリアンに、リューンは少し困り顔を浮かべてしまった。
「…にっぶいなぁ。―――― なぁ、判ってる? 俺、お前に対しては”絶対”って使えないんだぜ?」
 切ない笑みに、ジュリアンは鼓動が高鳴るのを止められない。止められるはずもなかった。一気に紅潮する頬が、信じられないほどの熱を滲ませている。
 そうして気付く。リューンがどれだけ、自分に想いを注いでくれているか、を。
 絶対、と口にする時には、必ず物事を”力ずく”で動かそうとする意思が働く。その傾ける意思の強さは、同じ戦場で共に立った経験が如実に語っている。けれど今、リューンは自分に対して”絶対”と言う言葉を使えないと言う。
 絶対にジュリアンが、リューンを好きになる。そんなこと、考えもしないほどの想い。
 嬉しくて、嬉しくて、どうしてもこの嬉しさをリューンに伝えたくて…。
 こんな時、気の利いた単語一つ思い浮かべない自分が歯痒くて仕方がない。ジュリアンは停滞しそうな意識を叱咤しながら、それでも少ない語彙を懸命に模索する。
「…ジュリアン…?」
 なかなか冷静さを取り戻せない様子を心配したか、覗きこんでくる瞳は労りばかりを浮かべるそれ。
 ほんの少し震えさえ伴った手を強く握り締め、漸く単語が一つだけ見つかったのは、小さな小さな友人のおかげ。
「…――――…大好き…」
 大きな深呼吸の後に零れた囁きほどの小さな告白に、リューンはそれこそ蕩けてしまいそうな満面の笑顔で応えていた。


 滅多に会えない、と言うことは、実は思いがけない効果がある。
 次に会うまでにもっとカッコ良くなろうとか、綺麗になろうとか、面白い話題を用意しようとか、剣の腕を上げようとか。
 いつもいつも変わらぬ魅力と言うのも良いけれど、見知らぬ自分を発見すると言うのもまた楽しい。


 きっと自分は、自然に変わってゆける。リューンの側なら、偽らずに生きてゆける。ゆっくりと、自分のリズムで。
 今日、ジュリアンは自分の中の少女のような恋心を知る。
 これからどんな変化を遂げて、次に出会う時にはどんな姿になっているのか。また一つ、楽しみが増えた。


■ END ■




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